どうも。しゅんすけです。
2024年3月11日。
東日本大震災から13年が経ちました。
当時ぼくは、高校の卒業式を終え北海道の自宅に戻っていました。(高校は寮生活でしたので)
布団に寝ころびながらダラダラと漫画を読んでいたのを覚えています。
そんな中、大きくゆっくりとした揺れを感じました。
北海道だったので幸い被害はありませんでしたが、その後の報道で「大変なことが起きた」と感じました。
昨日で、そんな震災から13年です。
我が家でも日々の暮らしの中に「防災」という考え方を取り入れていますが、子どもたちにも色々な体験をしてほしくて「電気・ガス・水道」が止まった想定で、夕食を食べてみました。
今日はそんな体験の感想です。
ぜひご覧ください。
条件:
2024年3月11日(月)17:30~18:00
電気・ガス・水道が使えない中での夕食
水と火がないけどお湯はどうする?
では早速夕食を食べたいと思います。
我が家では、災害時に備えいわゆる「防災食」を車に積んでいます。
その日は、その中から各自が食べたいものを選んで食べることに。
娘が選んだのは「ドラえもんカレー」と「アルファ化米の白米」
妻が選んだのは「カップラーメン」と「小豆粥」
ぼくが選んだのは「レトルトカレー」と「アルファ化米の白米」です。
※息子はにんじんとかぼちゃのパン
で、カップラーメンとアルファ化米には水が必要です。
でも、水は出ません。
なのでこちらも備蓄してあったペットボトルの水を使います。
我が家では普段、ペットボトルを買うことはないんですが、災害時用にと2Ⅼのペットボトルをいくつか常備してあります。
次に必要になったのは「火」です。
アルファ化米はお湯で7分。水で40分で食べられるようになります。
カップラーメンはお湯で4分。水だと30~60分くらいで食べられるようになるそうです。(あくまで食べられるって話で、正規の作り方ではないです。)
でも、災害時だからと言って、味を無視していいわけではありません。
確かに生きるか死ぬかの瀬戸際において、味なんかを気にしている余裕がない場面もあります。
一方で、一回の食事で温かいものを食べて、心理的に安心するってこともあります。
どちらがいいかではなく、どっちも可能だということを知った上で、自分で判断する力が必要ですね。(^^)
で、今回は娘もいるので、お湯を使って食べることに。
でも、ガスが使えないので、火をどうするか?って話になりました。
すると娘から
「お鍋やる時に使うコンロは?」
との提案が。
「よしよし」と内心思いながら、「ナイスアイディア!」と言って、そのアイディアを採用です。笑
ペットボトルの水をやかんに入れて、カートリッジ式のガスコンロでお湯を沸かします。
ちなみにカレーは温めずに食べました。
なんでも、動物性の油が使われていないものだと比較的美味しく食べられるとの情報をキャッチして、ベジタブルカレーを妻が購入していました。
まあ、そんなこんなで防災食体験をしてみましたが、食べ物に関するみんなの感想は以下の通りです。
・袋を手で開けられなかった(はさみが必要)
・ドラえもんカレーが美味しかった
・カレーは温めなくても全然イケる
・小豆粥に砂糖をちょっと足すとおしるこ
・必要なカトラリーが増えると大変(同じカトラリーで食べられるといい)
・赤ちゃんがいると火は気になる
・家ならいいけど、ラーメンのつゆはどうするか
こんな感じでした。
はさみが必要とか、カトラリーの問題とかはやってみないとわからないことだったのでいい経験でした。(^^)
娘にいたっては、いつもと違う環境で「とっても面白かった」そうです。笑
災害にたいする恐れも大切ですが、楽しく災害と向き合うってことも同じくらい大切だと思っているので、娘のこの感想は個人的に嬉しかったです。
電気がないと結構ストレス
あと、いざやってみて思ったのは「電気がないとなかなかストレスが溜まる」ってことです。
ぼくは、カレーを袋のまま食べたわけなんですけど、暗いと、どれくらい残っているのかわからないんですよね。
しかも、めっちゃ手につく・・・。
これだけでも結構ストレスでした。
あとは、子どもたちの食べこぼしが見えない。
実際の災害時はどんな環境になるかわかりませんが、生活環境が不衛生になっていくことは健康面からもいいことではありません。
なかなか見落としがちな点ですが「明かりとしての電気」も暮らしていく上でとても重要なものなんだと改めて感じる機会となりましたね。
足るを知るって防災的
はい。ということで、我が家の防災体験記でした。(^^)
前々から夫婦では「防災の日」的なイベントを独自に設けて、時々やりたいねって話してはいたので、東日本大震災の日に合わせて実施することができてよかったです。
でも、こういったことは単発のイベントではなく、日常にいかに溶け込ませるかってことが重要だと考えているので、非日常体験で終わらせずに、普段から意識的に暮らしていきたいと考えています。
とまあ、そこまで考えたところで「そもそも足るを知る暮らしって防災的だよな」とも考えました。
以前のブログでも少し触れたかもしれませんが、足るを知る暮らしを意識していると、災害時とのギャップを減らせると考えています。
足るを知るっていうのは人それぞれレベルがありますが、少なくとも今よりはモノや行動、考え方が変わる暮らしだと思います。
そうすると普段から「あれがないけど、これを代わりに使ってみよう」とか「これを作りたいけど、今は難しそうだから違うものにしよう」とか、代用の考え方や、視点の変換のクセがつきます。
そうすることで、本当に災害が起こった時に、普段の生活に近い形で過ごすことができるかもしれません。
ふたき草ではこれからも、いつくるかわからない災害にも備えつつ、足るを知る暮らしを実践していきたいと思います。
では、今回は以上です。
(しゅんすけ)